【解説】コーヒー豆を低温焙煎する|香りと甘みを引き出す、ていねいな焙煎方法

時間がかかる。

手間がかかる。

それでも低温焙煎する。

それは、大量生産ではなく「豆の個性を活かす」ことを大切にする職人文化から生まれたようです。

「もっと、もっと、おいしいコーヒーを!」

コーヒー豆の焙煎は、ただの加熱作業ではなく、コーヒーの性格を決定づける大切な工程です。

世界の「地域ごと」、

そして、農家さんの「豆ごと」に異なる

  • 水分量や糖分
  • 香り成分
  • コーヒー豆の特質

そんなことを考慮し、時間と温度のバランスを見極めながら行うのが低温焙煎です。

“ていねいさ”と“時間を惜しまない姿勢”こそが、コーヒー豆の低温焙煎の本質です。

通常の焙煎時間は10分から15分程度。

低温焙煎は、その約2倍。20分から30分かかります。

焙煎士の経験と哲学。

コーヒー豆に傾ける焙煎士魂の工程といえるでしょう。


1.低温焙煎(ていおんばいせん)とは?

(1)何が違うの?

低温焙煎とは、通常よりも低い温度(150〜170℃前後)で、じっくりと時間をかけてコーヒー豆を焙煎する方法です。

一般的な焙煎(180〜230℃、10〜15分程度)に比べて、低温焙煎では20〜30分以上かけて、豆の芯までゆっくりと火を入れます。

その結果、雑味、えぐみ、焦げがなくなります。
コーヒー豆が本来持っている

  • コク
  • 繊細な香り
  • まろやかな甘み
  • 深み、ボディー
  • クリアな酸味

を逃すことなく引き出すことができます。

通常の焙煎と低温焙煎では、同じコーヒー豆の味わいが驚くほど違うのです。

(2)低温焙煎のメリット・デメリット

メリット

項目内容
雑味が少ない高温焙煎にありがちな焦げの苦味やエグみが出にくい
豆本来の風味を活かせるフルーティな香りや明るい酸味、やさしい甘みが残る
浅煎りでも飲みやすい酸味がまろやかで、後味がすっきり

デメリット

項目内容
焙煎時間が長い     通常より手間がかかり、焙煎士の技術も必要
芯残りのリスク慣れないと、火の通し方が難しく、生焼け状態になることも
深煎りには不向き焦がし香やカラメル感を求める人には物足りない場合あり



2.低温焙煎の相性

低温焙煎は、すべてのコーヒー豆に適しているわけではありません。

相性の良い豆とそうでない豆があります。

(1)低温焙煎に向いている豆

イエメンモカマタリ、エチオピア:果実のような香りと酸味を活かせる

パナマ ゲイシャ種系:繊細な香味がクリアに表現される

キリマンジャロ、ケニアの浅煎り、中煎り:深みとコクが際立ちま

中南米の豆:甘みや香りのバランスが良好

コロンビア:コーヒーの王様のような味わいに

(2)低温焙煎があまり向かない豆

スマトラマンデリンなどの重厚系:深煎りでコクを出したい豆には不向きな傾向があります。


3.低温焙煎のルーツ!

なぜ、ていねいに、時間をかける焙煎が存在するのか?

低温焙煎の考え方は、もともと「量産」よりも「品質と誠実さ」を重んじる焙煎文化から始まりました。

焙煎とは、単に火を入れるだけの工程ではありません。

それはまるで、通常、耳からは聞こえないコーヒー豆と会話する仕事。

ひと粒ひと粒の豆からの声に耳を傾け、語りかけるような仕事。

その豆本来のパフォーマンスを引き出すプロセスを、コーヒー豆から教えてもらい、じっくりと豆の水分や糖分に合わせて、丁寧に私たち焙煎士が見極めていきます。

大量生産にはできない、“ていねいな仕事”が低温焙煎の原点です。

私たちのような小さくて、家庭内手工業の焙煎所だから叶えられる焙煎です。


4.低温焙煎したコーヒー豆の特徴

(1)焙煎されたコーヒー豆が紫色を帯びる

低温で焙煎された豆には、焙煎直後にうっすらと紫がかって見えることがあります。

これは豆の表面ではなく、内部の構造や成分変化により、光の加減で紫に見える現象です。

ゆっくり加熱された豆は、急激な化学変化を起こさず、タンニンやアントシアニンに近い色調が残ることもあります。

この「紫がかった仕上がり」は、低温焙煎の一つのサインともいえます。

(2)見た目の変化は品質の証?

この紫がかった色味は、「失敗」や「劣化」ではありません。むしろ、豆の個性が活かされた低温焙煎の証とも言える現象です。

また、

  • 低温焙煎では表面の油分が浮きにくい
  • 酸化しにくい
  • 香りが長持ちする
  • 保存性が高い

といったメリットもあります。

(3)ハゼないので豆が膨らまない

低温焙煎のもうひとつの特徴は、「ハゼが起こりにくい」こと。
ハゼとは、焙煎中に豆が「パチッ」と音を立てて割れる現象で、高温で焙煎された豆には、1ハゼ・2ハゼと呼ばれる反応が現れます。

一方、低温焙煎ではこのハゼが起きにくく、豆が大きく膨らまず、ふっくら感に欠けるように見えることがあります。
しかしこれは、「うまく焙煎できていない」のではなく、あえてハゼさせず、ゆっくりと熱を通す手法であるということ。

ハゼが起こらないぶん、

  • 内部に圧力がかからず
  • 成分の変化が穏やかで
  • 豆の持つ繊細な風味を壊さない

という利点があります。

(4)膨らまない=失敗ではない

コーヒー豆の焙煎において、「よく膨らんでいること=美味しい豆」と誤解されがちですが、低温焙煎では見た目の膨らみよりも、味と香りの豊かさが本質です。

むしろ、膨らまない豆には、

  • 雑味のないクリアな味わい
  • 香りの余韻の長さ

が感じられることも少なくありません。

「膨らまない豆」こそ、職人がていねいに火加減を見極めた証とも言えるのです。


5.低温焙煎は“静かな贅沢”です

低温焙煎は、コーヒー豆の持つ自然な風味や個性を、ありのままに引き出す方法です。

  • 焦げた味を抑えたい方
  • フルーティでやさしい味が好きな方
  • 素材の違いを感じたい方

そんな方にこそ、一度試してほしい焙煎法です。

大量生産とは逆をゆく、手間を惜しまない焙煎から生まれる、静かで美しい一杯。

その一杯から、きっと豊かな一日が始まります。